私がもともと大学に進学した理由というのがあやふやで、中学から高校に進学した時点で、ぷっつりと人生の目的というものが途切れていて、「何でみんな大学に行くのかな?」と当時考えていたことを覚えています。そんな高校時代は全くといっていいほど勉強したことがなく(いちおう数人は東大に入る名門校)その勉強しない理由というのが、親への反発で、それまで親との会話といえば、指示されるか怒るかの二つに一つで、そのような環境が15年間続いた結果、それまでの恨み、不満が高校時代に一気に噴出し、毎日親との喧嘩ばかりでした。


それでも大学はなんとなく受験しましたが、全て不合格でした。そんな時、大学の受験案内を読んでいたところ、2月以降に願書が出せてそれなりに名があるところというのが理科大の二部だったというわけでした。(入学試験も簡単だったと記憶しています。)


そんなこんなで、大学四年まではすらすらと進学してしまいましたが、ここからが二部経営工学科を卒業する難しさか、卒業研究一つで留年すること三回、計七年大学に在籍してしまいました。それもそのはず、卒業研究のレベルは社会人並の結果を求められており、特に大森研究室は厳しい。多分あともう一回留年していたら、大学を卒業することを諦めていたでしょう。今まで「なんとなく」生きてきたのが、卒業研究という壁にぶちあたって「なんとなく」ではすまなくなった。留年している当時、ここで投げ出したら一生「なんとなく」で終わってしまうんじゃないかと。だけど、なんで卒業できたかと今考えてみると、その壁を越える時の力を蓄える期間、我慢できるかできないかというか、壁を越える時というのは、自分では「こんなもんか」と何気無く越えているが、そこまで行くにはかなりつらい。だけどこういうことって社会人になってからの方が数多くぶち当たるというか、しなければならない。大学卒業というものが私にとって社会を生きていく試験だったというか、逆に壁にぶち当たってもなんとか越えているんじゃないかと・・・・・


みなさんもがんばってください!