ここで感じた「これぞ大学」:

理科大経営工学科とは、全てが卒業研究のためにあったのだと確信しています。逆に言うならば、卒業研究こそが理科大経営工学科における95%の価値を持っているのです。残りの5%は、卒業研究をするまでの1年から3年次の授業にあります。もちろんこの5%が無ければ、95%の価値も生み出されないですよ。

学生生活を振り返ると、バンド活動・サークル活動・アルバイトなどなど学業以外のことが中心で、学生というよりまさにフリーターでした。ただそれゆえに、大学は6年間も通うこととなりました。しかしながら、そこで得たものは学業以上に大切なものであり、私の貴重な財産です。こう見ると、学校自体に価値は見出せなかったみたいですね(汗)。実際、留年した時は何度も辞めようかと思いました。「何か学ぶことの趣旨の分からない授業で単位は落とされるし、意味の分からない(筋の通らない)理由で単位は落とされるし、授業の魅力も低いし、学校以外のところで学ぶことの方がたくさんあるし。ここに在籍する意味があるかな…。」なんてずっと思っていました。しかしそれは違いました。全ては卒業研究の1年間に意味があったのです。

大森研究室での1年間こそが、理科大に通って良かったなと心から実感した唯一の点です。言うならば、大森研究室での卒業研究こそが唯一「これぞ大学」と思えるものでした。 大森研究室は、私にとっての正しく「これぞ大学」でした。では、「これぞ大学」とはどこで感じたかをお話します。

関係の無い話から始まりますが、話は卒業研究配属の時期(卒研着手が決定した時)にさかのぼります。事情が重なり(理不尽な感も多々あり…)、私の卒業研究配属は選択の余地も無く、とある研究室に配属されました。大学とは自らが何かを学び取るためにあるものですが、内容は専門的ではありますが高校の延長上のような教育システムです。しかし卒業研究までもそれでは絶対嫌だと思い、以前から実現したかったウェブサイトの作成(卒論が試作版です)をしたくて大森研究室の門を叩きました。その時期は、すでに研究室の配属が決まっていましたし、大森研究室も定員に達していました。そのような状況でありながら大森先生は私を買ってくれ、泥を被って私を大森研究室に移してくれました。ここから大森研究室一員としての卒業研究が始まりました。

大森研究室は、「これぞ大学」と思える「自由」があります。自らが学びたいと思うこと、成し遂げたいと思うことを、自由に考え(深い意味で)自由に学ぶことができます。逆に言うならば、知識だけを付けさせる普段の授業のような一方的な教育システムは存在しません。生徒自らが、問題点を発見しその解決方法を具体化します。そのための現実的な論理的思考力を養う、プレゼンテーション力を養う、今後の方向付けのアドバイスをするゼミがあります。したがって、ゼミの回数自体はかなり少ないと思います。しかし、研究に行き詰まり困った時には適確なアドバイスをいただけます。要するに、生徒の主体性が重要な研究室です。例えるならば、アルバイトと社員の違いで表現できます。アルバイトは教わったことをやるだけで事が足ります。しかし、一企業の社員は自ら考えて行動をし結果を出す主体性を求められます。日本における教育は、アルバイトの存在です。大森研究室の教育は、社員の存在です。例えが分かりますか?「これぞ大学」であると…、もっと言えば「これぞ教育」であると私は思います。

大森研究室の魅力は大森先生にあります。私は6年間も学校に所属していましたが、大森先生ほど人としての正義の筋が通っている先生はいませんでした。悪に対しては真っ向から立ち向かう、正義の味方です。ある意味頑固者で不器用なため、接しにくいところもあります。しかし、芯はとても温かいです。ホトトギスの詩で言うならば、

「鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス」

「鳴かぬなら (無理やり)鳴かせてみせよう ホトトギス」

「鳴かぬなら 鳴くまで待とう(放っておこう) ホトトギス」

という研究室はたくさんあります。大森先生を例えるならば、

「鳴かぬなら こうしたら鳴けるか? ホトトギス」

です。最後まで生徒の可能性を信じてくれます。最後まで何が悪いのかを気づかせようとしてくれます。先生が不器用なため伝わらない人には全然伝わりませんが、皆が知らないところで皆を思ってくれています。そんな先生は、私にとっての本当の先生です。

私は卒業研究を通し「使える技術」を身に付けました。4年次は諸事情の為(起業への企みと、その他…)、熱心には就職活動を行いませんでした。しかしながら卒業研究を通して、企業に入りSEとして世の人に貢献したいという気持ちが強く湧き、卒業後も就職活動を続けました。履歴を見れば、大学は6年かかっているし第2新卒…。一見不利に思いましたが、卒業研究での成果は多くの企業で認めていただき、ある意味新卒以上に有利でした。やりたいことを実現させて良かったと心から思いました。それもこれも、大森研究室に移させていただけなければ無かったことであるし、先生のご指導が無ければ無かったことです。

「これぞ大学」であると個々で感じるところは違うでしょうが、大森研究室で卒業研究をできたことが、理科大に入った一番の「これぞ大学」です。

最後に、一人一人の「これぞ大学」だと感じるところは多種あると思いますが、私にとっての「これぞ大学」は、「知識を現実世界で応用できる思考力、及びその思考を具体化させる力、を養うところ」です。はっきり言って、普通の授業やらゼミでは到底身に付くことには及ばないでしょう。なぜならば、知識を付けさせるだけの授業システムだからです。もちろん専門的な知識を学べるという点では、とても素晴らしいですけど。それだけでは…。そして、もう一つの「これぞ大学」は、恩師と巡り合うことでしょう。それは人間的にも魅力を感じる先生と出会うことです。その後の自分の人生に多大な影響を与えてくれる先生と出会うことです。

長くなってしまいましたが、皆さんが「これぞ大学」と思えるものを見つけることができるよう祈りまして、筆を置かせていただきます。